2026/04/16
父が遺してくれたもの〜人として生きるために必要なこと〜
この度はたくさんの方にお心遣いをいただきありがとうございました。
自然療法や自然治癒力をうたう仕事をしていながら、父のためにやれたことがほとんどなかったことへの悔しさと。
やはり医療だけでは幸せな人生にはならないと実感したこと。
「生きる」と「死」について色々考えた時間を過ごして、そろそろ活動を開始するためにもブログを書くことにしました。
予約の変更を快く受けてくださった皆様、なんとなく気にかけてくださっていてお心を寄せてくださっていた皆様、通夜にお越しいただいた方や葬儀に参加してくださった方、そして、色々なアドバイスをくださった方々には感謝しかありません。
本当にありがとうございました。
【経過と想い】
3月に入った頃、父が普通の肺炎で入院。
その日からあっという間に1ヶ月以上が経ってしまいました。
入院した時は日々疲れているからちょっと休んでくるわ〜って入って行きました。
そして私も1週間ほどで退院すると思っていました。
20日からバリ島への旅が予定されていたことを気にして父も早く良くなろうと一生懸命でした。
院内でWi-Fiがないから、LINEも繋がらないと何度も呼ばれ、データ通信がしっかりできるようにしてバリに行きました。
その頃少し状態が良くない感じだったので毎日ラインで話したりお知り合いの方にどんな対応が父にとって最適か?などをお尋ねしたりしていました。
バリはどんな感じだ?ってくるから、街の様子をそのままラインで伝えつつ、快く「羽を伸ばしてこい」と言ってくれたことへの感謝をいつも伝えていました。
バリは神様がたくさんいるから、いろいろなところでお祈りもしました。
海水の中に一箇所だけ真水が湧くのは神様のおかげとバリでは考える。そんな自然信仰の場所です。
ムルカットという沐浴をしてヒーリングも受けました。
全ては完璧で、大丈夫だという思いが旅を後押ししてくれました。
この地で受けたスパやヒーリングがあまりにも素晴らしく。同時に自然とは真逆のハイレベルの場所にも案内していただけたり、そこでの皆様との会話や時間が楽しすぎて、これからの活動の基礎にもなりました。
私にとって旅は自身のパワーアップに必要で、この旅が大きな一歩になることもわかっていました。
その一歩は決して思ってもいない方向になることもわかっていました。
そして帰国。
毎日父の病院に行き、良くなってくれることを祈りました。
でも人生とは残酷で。
家族の思いとは真逆に父の容体は芳しくなく、医師からは「もう平均寿命以上生きていますから」というようなことを言われ、父は転がるように悪化していきます。
私は人の死は悪いものだと思っていなくて、体に魂が宿っていることで辛いなら光の世界に行くこともありだと思っていました。
だから父の姿を見て毎日胸が潰されそうに辛く、何度も「もういいよ」と言いたくなるのに、実際父がいなくなってしまうことが寂しすぎてつらすぎてその言葉は出せないでいました。
「頑張って」って言った時「もう十分頑張ってる」と返ってきてからはなんて声かけたらいいか分からなくなって、ただただ「ありがとう」「大好き」としか言えなくなりました。
大学病院という場所は植物を持って行くことができないので、香りを持ち込みました。それも優しい香りで。
入院中宿泊も許されたので一度だけ泊まりました。
その時間はあまりにも貴重な時間で私にとっては父とたくさん話せた大切な時間となりました。
この日を境に父は朦朧とすることが増えてきて、夜間せん妄も始まり、苦しさを訴えるようになりました。
もういいから・・と思いつつ、だから治療ではなく父の体にあるルートが外れて父らしくいられる時間を増やしたくて、強く転院を医師に伝えました。
転院に向けて環境を整えるために明日から酸素の形態を変えましょう、とい言われたその明日がきてすぐにいってしまいました。
病院に着いたら父はもう光の方に行ってました。
朝5時過ぎで、病室からは北の空と西の空しか見えなくて、当日曇っていたのに西の空が金色に染まっていたことを忘れません。
生前の父に対しては数年前まで大嫌いでした(笑)クソジジイって何度も思ったし、なんて嫌なジジイなんだろとも思っていました。
私の人生はほとんど父のレールの上でした。だから人生返してよ!と何度も思っていました。
でも、ここ数年の父はいい人になってしまってた。昨年末くらいからは随分弱ってしまって、とにかく父がいいと思う方に私は動いていました。ここまできたらとことん父のわがままに付き合ってやる!くらいに覚悟していたのに・・・
あっという間にいってしまいました。
入院中は何度も泣きました。
この仕事をしているのに無力すぎることを目の当たりにしました。
同時に医療にも限界があることも知りました。
結局私たち生きているものは、自然の流れに逆らえないし、相手をどうにかすることもできないことも実感しました。
「良くなってほしい」「生きていてほしい」はあくまでもエゴになることも父を見て思いました。
頑張っているその体は父のもので、意識も意思も全て父のもので、私ができるのはちょっと香りを添えることや手を添えることでしかありませんでした。
髭を剃った後に「アロマ塗ってくれ」と言われた時嬉しかった。
ホロソフィーを受けてくれた時嬉しかった。
でもこれすらも父にとっては「子供が喜ぶこと」だけであって、決して必要ではなかったことも知っています。
父は医療が大好きで、あんなにボロボロの体でも転院しても治療を受けると言っていました。
その意思は父のもので、私は何も反論できませんでした。
ただ、一つだけ。
心からの「ありがとう」と「大好きだから」が伝えられたこと。父がそれを聞いてキョトンとしながら「そうか・・・・」と受け入れてくれたこと。これだけが真実だと思えます。
[今後のこと】
今まではお客様のために、何かできることを必死にやってきました。
でも、それがある意味エゴであったことも事実だと思うようになりました。
私は何が得意で何ができるのか?父の葬儀の後ずっと考えています。
答えはまだ見つかりませんが、多分、きてくださる方への接し方は大きく変化しそうです。
「与える」はやめて「伴走する」になります。
それが父が教えてくれたこと。与えるはエゴになり、伴走は自立を促す。
父には何も与えられなくて、父も何も受け入れてくれなかった。ただただ自分のタイミングで行った。
病床にいる間はずっと、一緒に父のしんどさを感じ、寂しさを感じ、安心感を感じていました。
多分、120%の力を出し切っていたと思います。そして葬儀後倒れまして・・・自分の在り方を見直すきっかけができました。
今は母が一生懸命生きようとしてくれています。
自分の力で過ごせるよう努力してくれています。
その姿と父が病室で一生懸命生きようとしていた姿が焼き付いていて、自分の力で立って歩いていく方への努力は惜しまないでいこうと決心しました。
また、医療での治療に疑問を感じたりする方が少しでも減るよう、アロマの講師を通して体と心の知識をお伝えしていくこともします。ホスピタリティという言葉は高度医療の世界には不要なものだということも見てきました。(治療に専念されている医師や看護師さんたちにはここまでの余裕がないことを見てきました)
人が人として最後まで生きていけるよう、皆様には「人間として」の力があることを切にお伝えしたいと思います。
今後は母のこともあるため、営業を短縮させていただきます。
また、時世柄価格を上げさせていただくことにしました。(6月よりメニュー改正)
ただしきてくださる方には100%の力で向き合って伴走させていただきます。
講師業としても今まで以上に必要なことをお伝えしていきます。
皆様の人生が豊かで色鮮やかなものであるよう、一緒に走らせていただきます。
これからもレスプリハーブをよろしくお願いいたします。
Contact セミナー・スクールへのお申込み、お問い合わせ
TEL.090-2683-9172
FAX.058-371-6108








この投稿へのコメント